牛丼屋のバイト時代をいろいろ思い出した話 | 人生は並盛で#71

 大学に進学すると多くの人がアルバイトを始めるのは自然な流れだが、自分ももっと自由に使えるお金が欲しいという思いで例にもれずアルバイトを始めた身である。自分がアルバイトを探す際、時給そのものはなぜかあまり気にしていなかった。まかないで食事を浮かせられるか、そして自宅から近いかどうかという、なんの変哲もない理由しか考えていなかった。そこで自分はとある牛丼屋をアルバイト先に選んだ。それまで単発のアルバイトはいくつか経験していたが、牛丼屋が初めて手に職をつけた(?)瞬間であった。自宅から徒歩5分というよさげな立地のお店を狙って応募したはずだったが、採用面接があった次の業務説明のタイミングで、希望とは全然違う店に配属の旨を伝えられた。その時点ですでに「あれ?」と疑問に思っていたが、牛丼屋での日々は自分の要領の悪さも手伝って、なかなか七転八倒だった。「人生は並盛で」という、一発で牛丼を想起できそうなタイトルを目にした時は、単純に今までにない面白そうな小説だと感じたのと、あの時の記憶がありありと思い出されたので思わず手に取ってしまった。

よしむ
よしむ

本書のサマリー:

  • 牛丼屋で働いたことある人にとっては共感できるところがたくさん
  • スカッとジャパンの描写が秀逸
  • 本書読んで自分のバイト時代思い出した…

読んだ本

  • タイトル:人生は並盛で
  • 著者:小野寺 史宜
  • 出版社:実業之日本社文庫

感想あれこれ

共感できる牛丼屋あるある

 牛丼屋で働いたことのある人ならわかると思うのだが、本書を読んでいると「それそれ!」と思わず共感してしまう内容がたくさん出てくる。一年ちょっとくらいしか働いたことのない自分ですらそうなったのだから、それ以上の長年のプレイヤーはもっと刺さることがあるのだろう。
 ひとつは、女性店員の方が総じてご飯やみそ汁の盛り付け方がうまいということ。本書ではさらに「それら女の店員の中にもうまいヘタはある」という、お客さん目線での観察がなされている。ちなみに「ヘタ」というのは本書の言葉を借りれば、盛り方が雑なせいで牛肉や玉ねぎのすき間からご飯の山が顔を出していたり、どんぶりの外側にご飯つぶがへばりついていたり、みそ汁のお椀のふちにワカメがテロンとひっかかってしまう、といったことである。牛丼屋に頻繁に通っている人ならば、大小あれど一度はなにかしら目にしたことがあるだろう。ちなみに自分が働かせてもらっていた店は、正直女性店員は全員うまかった。特に牛丼の盛付け方が、である。牛丼の盛付けには専用のお玉があり、いわゆる摺り切りくらいの量がちょうど並盛となる(と教わった)。そこから大盛、特盛がそれぞれ定量的に決まっているのだが、ピークでどんなに忙しい状態でも、女性店員の皆さんのパフォーマンスはまったくぶれることがなかった。一方で自分の場合は、牛肉の量をぶらさずに盛付けることに非常に苦労した。機械じゃないのだから完全に盛付ける牛肉の量を一緒にするなんてことはできないのだが、それでも許容される盛付けの上下限はある。そのうち下限はまだわかりやすい。基本的には並盛ならばお玉の摺り切りで測り、ご飯がきちんと牛肉で隠れるように隠れるようにすれば良いのだから。一方で上限の方がむしろ難しかった。基本的な盛付け量が定義されていても、いざ盛付けてみると「これでは足りないのかもしれない」と思い、あと1枚牛肉を重ねてしまったり、お玉でほんの少しすくってさらに牛肉を乗せてしまっていたりしていた。結果、ピークで焦ってひどい時は並盛の注文を受けたはずが、限りなく大盛に近づいている時がちらほらあった。「あの店、並盛頼んだら大盛が出てくるんだけど」と巷で噂になっていたのではないかと思うくらいの計量ミスだった。自分がシフト入った時は、牛肉のストックが消費されるスピードがやや速かったのではないかと思う(当時の店長さん、ごめんなさい)。
 もうひとつは、注文を待つときの掛け声だ。牛丼屋は回転が何よりも命。牛丼屋に来る人は多忙なビジネスマンも多く、とにかく早く食事を済ませたいという思いがひしひしと伝わってくる。席につかれて、店員がお水を運ぶタイミングで注文されるお客さんもいる。それを見越して、お店側ではお水を渡した瞬間に「ご注文はお決まりですか?」と先手を打って聞いてしまう運用をしていた。ところがそれは少々乱暴となったのか(?)、本書に記載の通り、お店によっては「ご注文がお決まりのころにお伺いします」と言うことも確かにあるのだ。これについては本書でツッコミが入っており、少しフフッとなってしまった。

あれを聞かされるたびに、おれはつい笑ってしまいそうになる。お決まりのころって、君がおれを観察するのか、と。親切なようにも思えるが、よくよく考えると、逆に失礼なんじゃないかという気もする。

引用:人生は並盛で|小野寺 史宜

自分がお声がけの作法を教わった時は何も疑わずにお声がけを実践していたが、このセリフを見て「確かに!」となってしまった。「君がおれを観察するのか」だって?そうだよ!「ご注文お決まりのころにお伺いします」と言って一旦退いて、別の作業をしながら遠巻きにその人のことをジロジロ見はっておいて、再度目があったら「あ、注文内容が決まったんだな」と思って、ポケモンバトルよろしく近づいていくのだ。牛丼屋は何か作業をしている間にも周りの状況が刻一刻と変わっていくのだから、3秒に1度は周りを見渡すことが大事という、バイトを始めた初期に言われたことを思い出した。

情けなさを表現する描写が秀逸

 本書にはとある女性店員が登場するのだが、この人物が少々問題な人物である。結婚していて子供もいるが、早々に子供に愛想をつかせて育児にすでに後ろ向き(義母の存在も厄介)、そしてそれから逃避してうさばらしをするかのように同じ店のイケメンスタッフとは体の関係を持ち、一方で自分よりも若い女性スタッフにはとにかく冷笑を極めるという、なかなかやんちゃな人物である。読者側もこの人物にはもやもやすることだろう。自分も例にもれずそうだった。
 だが作中でこの女性店員に対し、スカッとジャパンとなる瞬間がある。その女性店員はある日、どうしてもご飯を食べないでぐずるわが子に、ついに手をあげてしまう。それでギャン泣きしてしまった子供を帰って来た夫が見つけて、妻であるその女性店員を殴打して報復するのである。殴られたことで自分の前歯が(血の付いた状態で)畳の上に転がり、殴り飛ばされた勢いで壁に後頭部から激突し、何が起こったのか状況がつかめないまま、その女性店員はしばらく方針状態。そこへ一匹の蠅がやってくる。その時の描写がこうだ。

目の前を、黒くて小さなものがよぎった。
右から左へと。そして、左から右へと。
その黒くて小さな何かが、畳のうえの歯にとまった。
蠅。
よく家で目にするそれよりはずっと大きな蠅だ。
血とか好きそうだもんな、蠅。そんなことを、思った。
蠅はすぐに歯から飛び立った。
その後しばらくは、あたしの視界を上下左右に行き来した。そして姿を消した。
と思ったら、左の頬のあたりが何だかムズムズした。
あたしに、蠅がとまる。

引用:人生は並盛で|小野寺 史宜

この女性店員には申し訳ないのだが、自業自得で報復を受けた上に、さらにその周りを蠅がたかるという、こんなにも情けない表現があるだろうかと思った。本書には牛丼のおいしそうな描写とか、登場人物のほっこりするセリフとか注目すべき描写はたくさんあるのだが、この情けない表現が秀逸すぎて、個人的に非常にインパクトがあった…

自分の牛丼屋での苦い思い出は…

 自分が牛丼屋でアルバイトを始めた時は、バイト自体初めてで勝手があまりわからない&もともと要領が良くないの二段構えで、だいぶついていくのに苦労した。今思い返しても、ただでさえ飲食は忙しいというのに、ファストフード店ともなると難易度は一気に増すだろう。我ながらよく応募したなと思った。牛丼屋でバイトしていたのはもう10年以上前だが、今でも苦労した経験が思い出される。
 当たり前中の当たり前だが、たくさんのお客様に来ていただくのはお店にとっては嬉しいことだ。お店の売り上げが純増するのだから。ただそれが頭の中で分かっていても「なんでこんなタイミングで来るんや…」と思う時は正直あった。それはお店の閉店間際である。自分がお世話になっていたお店では、閉店は午前の3時だった。22時以降はお客さんの数が少なくなってくるので、スタッフはそこから閉店3時までの間はひとりで運用することになる(いわゆるワンオペというやつだ)。このワンオペ、アルバイトを開始してから一年未満の人間にとっては正直不安でしかなかった。業務のすべてをまだ完璧にこなせる自信がないし、大人数を相手にひとりで捌ける能力もないのだ。基本的に深夜なのでお客さんは少ないのだが、閉店時間までできれば何も起こらないでくれ~とひたすら心の中で呟いていた。ところがある日、その閉店3時前になってお店に入ってきたお客さんらがいた。当時カウンターがほぼ埋まったと思うので人数は10人弱。そしてみなお酒が入ってほろ酔いである(考えてみれば深夜まで飲んで、締めに食べるのに牛丼はちょうどいいのだ)。もうそろそろ今日も終わりだな、と思った瞬間に一斉にお客さんが来る絶望感。あんなに頭が真っ白になってテンパった経験は、今思い返してもなかなか味わえない貴重なものだった(ほろ酔いで一部会話が成立もしなかったし…)。
 上記は考えてみればまっとうなお客さんなのだが、中にはお世辞にもまっとうとは言えないクセありのお客さんもいた。割とご年配だった記憶があるが、気に入らないことがあると怒号を飛ばしながら手持ちの杖を振り回してくるお客さんだ。自分が入る前からすでに話題になっていたようだが、オーダーなり提供後の要望なり、その方の言うことが聞き取れなくて聞き返すと、その瞬間にブチぎれて杖で店員を攻撃し始めるのである。「オーダーくらい聞き逃さずに一発で取れよ」と言われるかもしれないが、声がありえんほど小さいのだ。ちはやふるに出てくる周防名人とか、スケットダンスに出てくる森下子朝くらい声が小さくて、いつの間にかボソッとしゃべっている&集中していても何言っているかわからないで、どうしても聞き返す羽目になる(賭けで「~でよろしいでしょうか?」と決めつけで聞き返したこともある)。で、聞き返したりオーダーを間違えたりすると、さっきの静寂はなんだったのかと思うくらいの大きい怒鳴り声と、杖を使って市丸ギンばりの神殺鎗が飛んでくるという理不尽ぶり。なんとか「自分のスキル不足だ」と自分に言い聞かせて感情を丸め込みたかったが、なかなか一筋縄ではいかなかった…(ちなみにしばらくしてそのお客さんは出禁になりました)。
 そして、厄介な存在が必ずしもお客さん側にいるとは限らない。牛丼屋にアルバイトに来る人は性別も年齢もバラバラなのだが、中には高校性もいる(自分の高校時代を思い返せば、高校生でお金を稼ごうなんて凄いことだ)。自分がアルバイトを始めて半年くらい経過したころ、新しく女子高生がひとり入ってきた。明るいし真面目に・着実に仕事を覚えていくしで、お店のスタッフ陣からも好評だった。しばらくしてお店の居心地がいいと思ったのか、その子が同級生(?)の女子高生を何人か連れてきてお店のスタッフが一気に増えた。これもお店側としては歓迎なのだが、業務駆け出しのうちは既存スタッフが当然フォローをしてあげなければならない。かつ、いっぺんに増えた人数分のフォローが必要になるので結構なストレスだ。そんなある日、新人のスタッフらのミスをフォローし、なんとかその場を切り抜けた先輩アルバイト(兄貴肌ではあるが顔も性格もちょい怖め)が控室にいた新人のスタッフらに静かに、しかし強めにキレた。自分たちのミスで結構大変なことになったのに、控室に戻って同級生同士でキャッキャと談笑していたのが気に食わず、しびれを切らしてしまったのだろう(そして、フォローありがとうございますの一言もなかったことが気になったのだろう)。新人なのだから自分にできないところはもうどうしようもないのだが、キレられた子らは次のシフトからぱったり来ず。ついでに当時者でなかった同級生の子らもなぜか一気に来なくなった。そこそこの人数が一気に来なくなったことにより店長は埋め合わせで慌てふためき、残りのスタッフも飛ばれた分のフォローに入るはめに(元通りになったといえばそうなのだが)。飲食のバイト事情を知っている方にとってはあるあるなのかもしれないが、当時バイトを始めて一年も経過していない自分にとっては「あ、バイトってこんな簡単に飛ぶのか」と、ある意味勉強になった。ファーストペンギンとして店にきた女子高生が当初「向かいの書店をすぐにクビになってしまって…」と言っておりそこで怪しむべきだったのだろうが、牛丼屋も飛んだそのあとは一体どうしたのだろうか…
 結局自分のいた店はそんなスタッフの流動の経緯も含めて(?)、お店の経営が立ち行かなくなくなって閉めざるを得なくなってしまった。その後自分ははるか遠くの支店に飛ばされそうになったので、申し訳ないが辞退し、牛丼屋でのアルバイト生活もそこで終わりを迎えてしまった。前述の自分のエピソードは当時は苦しいなと感じていたが、こんなものはまだかわいい方で、恐らく世の中のファストフードの店員はみな何かしら地獄を見てきているのだろう。牛丼屋のスタッフを長年続けられるスタッフはマジでバケモンぞろいだ…

終わりに

 かのトム・フェルトンも感動した日本の牛丼のクオリティは、今や当たり前の水準となっている。だがそれをキープし続けるには大変な企業とスタッフの努力があってのものだと、当初の自分の経験を思い出しつつ再認識する。学生の時に比べて社会人になってから牛丼屋にお世話になる機会が爆増したが、変わらぬ美味しさをこれからもありがたく味わわせてもらおう。


それでは、また。

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