レッドブル驚異のマーケティング | レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか #70

 いつだったかPanasonicの記事が話題になっていた。2017年から2021年の4年間で、20代からの認知度が90%→53%に激減してしまったというものである。Panasonicは言わずとしれた大手家電メーカー(当時の物持ちが良すぎてNationalのイメージのほうが強いのかもしれないが)。しかしそんな大手でもブランディングに苦しんでいるのが現状だ。そのPanasonicとは対象に、ブランディングで成功を収めている例として引き合いに出されていたのが、TikTokとレッドブルである。レッドブルは自分も学生の時はよくお世話になった。試験前や研究室のゼミ前など、景気づけに一本と思い、必ず飲むようにしていた。しかしレッドブルという商品自体をいつごろから認知していたのか、よく思い出せない。本書のタイトルに含まれる「52億本」という数字は大きそうに思えるが、飲料メーカーの中でこれはどれほどインパクトのある数字なのか。そして飲料メーカーがこんなにもある中で、なぜこんなにも売れたのか。これまでは消費者としてただ購入していただけだったが、そこに見え隠れするマーケティング手法が気になって本書を手に取った。

よしむ
よしむ

本記事のサマリー:

  • レッドブルのルーツはリポDって本当?
  • レッドブルはプルタブに至るまでマーケティングモリモリ
  • 「じゃあうちもレッドブルのように!」という安直さは危険

読んだ本

  • タイトル:レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか
  • 著者:ヴォルフガング・ヒュアヴェーガー

感想あれこれ

レッドブルのルーツはリポビタンD!?

 レッドブルは気が付いたらその存在を認知していたので、その誕生秘話を気にしたことはなかったのだが、ルーツがリポビタンDにあるということを知って、なかなかに衝撃を受けた。レッドブル創業者のマテシッツ氏がNewsweek紙の「日本の高額納税者リスト」の記事を見たときに、大正製薬の会長が上位にランクインしていることを発見したのだ。その後、マテシッツ氏がタイを訪れた際にリポビタンDと同じ成分の人気ドリンクが販売されていることを知った。そのメーカーからライセンスを取得してレッドブルが誕生したのである。
 高額納税者ランキングとか長者番付とか企業の時価総額ランキングとか、自分も紙面で見ることはたまにある。たが、自分のような一般ピーポーが見ても正直次元が違いすぎ・雲の上の存在すぎて、見ても「ふーん」としかならないだろう。自分が同じ立場に立ったとして、はたして高額納税者ランキングの情報から市場のヒントを得ようとするだろうか。そしてそれをビジネスとして実行するに至るだろうか。Newsweekのエピソードは本書では割とさらっと書かれているが、ふとした紙面の情報などからビジネスの可能性を見極められるかどうか。ここが成功する経営者の必須スキルなのでは、ということを改めて感じた。
 ところでレッドブルのヒントになった1980年代の高額納税者の番付を見てみると、大正製薬以外にもなかなか興味深い(ソースは朝日新聞)。大正製薬の会長・社長がランクインしているほかに、言わずと知れた松下幸之助も第6位にランクインしている。また、他の面々が有名な企業の役員レベルであるのに対し、第5位にランクインしている方の肩書はなんと「無職」。たぶんかつての役員かなにかで、定年で引退されているからこういう書き方なのかもしれない。それでも「無職」というワードはなかなかにインパクトがある。そして総合だと企業の役員レベルが並びがちだが、朝品新聞は番付を文学や音楽など、様々なジャンルに切り分けている。それぞれの番付の中で長者となっているのは、例えば作家の中だと司馬遼太郎、歌手だと矢沢永吉、スポーツだと王貞治など錚々たるメンバーだ。あんまり長者番付みたいなツールを使って時代背景を追うことなんてないのだが、こういう切り口でその時のトレンドを調べるのも結構面白い。

レッドブルのプルタブが牡牛の理由は?

 レッドブルのプルタブが牡牛型にくりぬかれていることは誰もが知っているだろう。しかしそれに気づいた当初は「あ、なんか牡牛型だな。凝ってるな」くらいにしか思っていなかった。しかし本書を読むと、プルタブに至るまで企業のマーケティング戦略が及んでいることがわかる。
 そもそもプルタブを見るのなんて開ける瞬間しかないのだから、見るのはほんの数秒である。この数秒のために、わざわざデザインどころか、金型や加工工程を変えようとするだろうか?自分だったら、その数秒にお金を使うくらいだったら、CMなどの広告媒体や他のキャンペーンにお金を使いたくなりそうである。だが、恐らくレッドブルにおいてはたとえその数秒のできごとであったとしても、プルタブを開けるということに重要な意味がある。それ故にプルタブにロゴデザインを仕込む効果が出てくるのだ。レッドブルのブランディングといえば、「翼」「エネルギー」「刺激」などだ。そして缶を開ける体験というのは「『プシュッ』っと缶を開ける→飲む→エネルギーを得る」というものである。(たぶんモンスターもだろうが)エナジードリンクは他の飲み物と違って、缶を開けるアクションそのものがエネルギーを得るための儀式のようなものなのだ。その大事な儀式を行っている流れの間に牡牛のロゴが目に入るからこそ、インパクトがあり、ブランドイメージが脳裏に焼き付きやすい。もしもエナジードリンク以外のメーカーが同じことをやったとしても「だから何?」というのが関の山だろう。レッドブルがこんなにもプルタブのマーケティングで成功しているのだから、なぜほかのメーカーは同じことをやらないのか、と思っていたが、どんなブランドにも汎用的に効くわけではないということがわかる。もうひとつ、他のメーカーが真似しない理由は、すでにレッドブルのプルタブマーケティングが出来上がってしまっているからだろう。たとえ他のメーカーが同じように真似をしても、それを飲んだ消費者は「あ、レッドブルのあれだな」と、むしろレッドブルのイメージを想起する手伝いをしてしまって逆効果だろう。いち早くプルタブ戦略に踏み切ったのもそうだし、広告を増やすのではなくて、すでにあるものをブランディングのツールに変えてしまうのがレッドブルのすごいところだ。

ベストプラクティスを鵜呑みにしてしまうと…

 本書を読むと、レッドブルがスポーツという人々の注目を集める機会をマーケティングに使うことで市場を席巻したことがわかる。ただ、ここで注意しなければいけないのは、このマーケティングはレッドブルだから成功した、ということだ。巻末にも書いてあったことだが、レッドブルを「スポーツマーケティングのベストプラクティス」として鵜呑みにしてしまうと危険なんだろうなと思う。レッドブルはF1やエアレースなど、スポーツのイベントを主催することで知られるが、そのやり方はとても特殊ですぐに真似できるものではないのだ(そこがレッドブルの差別化要因)。レッドブルそのものが持つエキサイティングな体験やスリル・冒険というコンセプトと、エクストリームスポーツとの見事なマッチがあって初めて成立するマーケティングなのだ。成功している企業を見るとそのビジネスモデル自体を注目してしまいがちである。だが、(こちらも巻末で言及されているが)合理的なビジネスモデルは往々にして一つか二つに絞られてしまうため、それだけでの差別化は難しい。レッドブルのビジネスモデルよりも、そのビジネスを始めた動機やアイデアの独自性、レッドブルの経営スタイルなどの方がより参考になるのだろう。
 ビジネスモデルを真似する/しないの話の規模からはだいぶ遠いが、巻末の解説における注意喚起は自分にとって少々耳が痛い話だった。自分はなんでもかんでもベストプラクティスを見つけると、すぐに取り入れたり真似したくなったりする傾向があるからだ。自分が参考にする範疇では特に差別化が必要なことはないのだが、オリジナリティを入れずにすべてを鵜呑みにしてしまうと、いつかやっかいなことになるのだろうと思う。漫画「左ききのエレン」に登場する岸あやののセリフである「あまり節操なく周りの色を取り入れ続けたらいつか真っ黒になってしまうよ」という言葉を、本書を読んで今一度思い出すのである。

終わりに

  今まではただ元気をもらう(というか前借りする)ためだけに手に取っていたレッドブル。本書を読んだあとでは、その一本にいかにマーケティングの要素が詰め込まれているのか、見方が全然変わってくる。これまでは頭を空っぽにして何も考えずに飲んでいたけれど、これからはエネルギー注入中に「このプルタブは確かこういう意図があって…」と悶々と思い出すことになるのだろう。あれ、そんなんで元気は出るのだろうか。


それでは、また。

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