「直木賞」と「本屋大賞」のW受賞は史上初なんだとか。分量は500ページ程度で1ページ内も二段組と、割とボリュームのある見た目ではあるのだが、この恩田陸著 蜜蜂と遠雷は意外とテンポよく読める作品だと感じた。

本記事のサマリー:
- 音楽の描写って十人十色でいいよね
- 読書は新しい曲を発見するための有効な手段
読んだ本
- タイトル:蜜蜂と遠雷
- 著者:恩田陸
感想云々
コンクールが主軸の本作品だが、似た感じの内容で中山七里氏の「いつまでもショパン」という作品を読んだ。こちらはタイトルにも纏わる話だが、ショパンコンクールが舞台となっている(中山七里氏の作品についても、ゆくゆくは触れていきたい)
クラシック音楽に限らず、作中に登場する曲の描写というのは作家によって全く異なる。そしてそれこそが音楽がテーマである昨品の醍醐味だろう。例えば十人が同じショパンのコンチェルトを聞いたとして、皆同じ感想を持つかと言われれば、決してそうではないだろう。十人いるなら十人全員が違う情景や色彩を思い浮かべるかもしれない。また、同じ人でも日によってその曲を聞くと解釈が変わってくるかもしれないのだ。そんな考えで色々な作家の曲の解釈、情景を文章で読むたびに「あぁそんな見方もあるのだな」と感心・感動することが多々あり、それが楽しみでもあるのだ。
また、本作品の楽しみ方はもう一つある。それは他でもない、新しい曲の発見である。
音楽のインプットというのは店やどこかでチラッと聞いたり、友だちに教わったりと様々だが、読書によって得るのも然り。コンクールが舞台だと流石にメジャーな曲が多いのだが、それでも知らなかった曲やしっかりと聞いてこなかった曲がちらほらある。もし本作品にの登場曲に知らないものを残したままでは、流石にもったいない。
一度読んで、情景を思い浮かべながら曲を聞き、描写を反芻してみる…曲にまつわる描写を読む前と後で、少なからずその曲に対する意識が変わっているのではないだろうか。
終わりに
この手の作品を読んでいつも思うのだが、無限通りの解釈ができる曲(特にクラシック)を文章にするのってかなり大変そうだ。様々な音楽に関する本に触れて、自分の感性を磨く糧にしたいものである。
それでは。