世の中は面白い小説で溢れているが、その中には「今読むべきではない」というタイミングが存在するものがあるだろう。そして本書は間違いなく、就活真っ只中の人間は読むべきではない。なぜなら人によっては内容がぶっ刺さりすぎて、就活に向けたモチベおよびメンタルが崩壊する可能性が大いにあるからだ。
自分も本小説をはじめて読んだのは、就活が終了した少し後のことである。それはたまたまだったのだが、そのタイミングで良かったと心から思った。それほどに本書は就活のリアルが描かれている作品である。

本記事のサマリー:
- 理香のガトリング糾弾よりサワ先輩の一撃のほうが重たかったぜ
- 冷静分析系が就活に有利と思っていた時期が自分にもありました
- 「Tの人」は就活有利。だってオールラウンダーだから
読んだ本
- タイトル:何者
- 著者:朝井リョウ
感想云々
主人公の人間像に対する共感
表紙にも書かれているとおり、主人公の拓人は冷静分析系男子である。どんな事象も常に第三者目線の引きで捉えて、俯瞰しようとする人間である。そんな冷静分析系男子は、もちろん読者の中にだっているだろう。そして自分も同類だと思っていたので、拓人の姿勢というか人間性には大いに共感ができた(まるで自分を見ているかのようだった)。本書のインパクトのひとつとして、「冷静分析系男子をこうやって第三者として物語で追っている貴方も実は冷静分析系なんだぜ」というメッセージ性が挙げられると思う。この作品を読ませることで、読者の中からリアル拓人を暴いてしまうのだ。そして当時は自分も例に漏れず、本書にリアル拓人であることを暴かれた一人だった。
本書を読んだ人間ならばわかると思うが、この物語の見せ場はラストの場面である。今まで隠されてきた拓人の人間性はすべて見抜かれ、それをおよそ30ページにわたって理香に糾弾されてしまうのである。その数ページを第三者視点で読んでいる我々も胃が痛くなるような思いである。しかし、自分にとってガツンと来たのは、そんな長丁場よりも途中でサワ先輩が拓人に投げかけたひとことだった。
個人的に冷静分析系男子というのは、俯瞰して物事を考える傾向にあるため、自分の論理的思考力と想像力にかなりの自信を持っている人間である。ましてや、主人公の拓人は演劇の領域に身を置いていた人間なのだ。それも相まって、自身の持つ想像力にはひそかに自信があったのではないかと思う(ギンジにその先を行かれたと思ったにせよ)。そして、サワ先輩は演劇の先輩でもあり、拓人が厚い信頼を置いているひとりでもある。そんな先輩に作中の通り「お前はもっと想像力のあるやつだと思ってたよ」なんて言われたら…出会ってからそこまで時間が経過していない他人(理香)に長いことネチネチ言われるよりも、バサリと愛想をつかされたようなその一言の方が拓人には堪えたのではないだろうか。自分がもし拓人の立場だったら、脳を直接ハンマーで叩かれたかのようにショックを受けたことだろう。
自分の就活を振り返ると…
「隙自語」と揶揄されてしまいそうだが、この手の本を読むと自分の就活を振り返らずにはいられない。本書では冷静分析系があたかも悪であるかのような書き方をされている。しかし自分が当時就活を無事に終えることができたのは、むしろ冷静分析系であることが功を奏した、と当時は錯覚していた。
冷静分析系は前述のとおり、他人を俯瞰的に観察することが得意である(というか、そういう傾向にある)。そしてそれは自分自身に対しても同じことなのだ。自分が過去に何があったのかを死ぬほど反芻して、自分が将来どうなっていたいのかを何通りも皮算用して、常に自分がどういう人間なのかを第三者視点で考えているのだ。つまるところ、就活でいう自己分析を常に実践している状態なのである。そのため変な話、当時は就活で改めて自己分析をする意味がよくわからなかった。自己分析でつまづく理由もよくわからなかった。こちとら毎日のように自己分析をやっているというのに今更…という気持ちでいたのだ。だから当時は冷静な分析によって、自分自身をよく理解できているために就活がうまく行ったと思っていた。しかしその考えは誤りだった。就活がうまく行ったのはただの結果論に過ぎず、大いに勘違いをしていたことに後から気がついた。自分は単に「Tの人」だったために就活がうまくいっただけなのである。
就活に有利な「Tの人」
「Tの人」というのは森岡毅氏の著書「苦しかったときの話をしようか」に登場するカテゴリのひとつである。
この本では、未来の就活生に向けた森岡流の自己分析の方法について語られている。それに従えば人間はざっくりと「T(=Thinking)の人」「C(=Communication)の人」「L(=Leadership)の人」の3パターンに切り分けられるというのだ。「Tの人」の特徴としては、とにかく考えることが好きで、何らかの課題に対して自分の思考力で解決しようとすることだ。そしてその解決によって知的好奇心を満たすのがTの人である。そのため、Tの人に向いている職能はコンサルや研究職、マーケティングなどが挙げられている。
そしてもうひとつ、「Tの人」の大事な特徴がある。それは「Tの人」は条件付きでオールラウンダーになれるということだ。なぜなら思考力に長けている「Tの人」は仕事を覚えるのも早く、仕事をソツなくこなし、習得可能なスキルレベルの天井も高いからである。そしてそれらはすべての職能に有利に影響する。そのため他人との相対比較において思考力がそこそこ強いのであれば、その人の特徴を活かせる職能は「すべて」になるのだ。よってTの人の興味さえその領域に向けば、いずれの職能についたとしてもあまり苦労することはないだろう。
ちなみにTの人のその特性は、特定の職能につく前の就活時点にだって発揮されると思っている。普通の就活生ならば、自分のスキルを理解し出したら、自分のスキルベースで職能・企業の合う/合わない、やりがいがある/ないを取捨選択していくのではないだろうか。ところがTの人はそれが必要ない。自分の興味を向けることができさえすれば、ほぼ勝ちなのだから。そのため、他の就活生に比べてストライクゾーンは圧倒的に広い。そして自分が興味を持った職能ならば、後づけでやりがいも志望理由も見出して自分自身を騙すこともできる。よって、選考中に自分の中での考えが矛盾して自分を見失うこともあまりないのだ。自分が「ずば抜けて『Tの人』である」と言える自信はない。だが前述の3パターンの人間に切り分けたら、自分はどちらかというと「Tの人」寄りである。その「Tの人」の特性がうまく就活というシステムとマッチして、結果的にうまく行ったのだと後追いで気づかされたのである。「冷静分析系」と「Tの人」、ワードとしては似ているように思える。だが、朝井リョウ氏と森岡毅氏それぞれの著書を読んだ自分にとっては、その2つの定義に(まだうまく言語化できない)乖離を感じている。これはキャリアを積み重ねて自分自身のことを深く理解していけば、いずれ明らかになることなのだろうか…
終わりに
最近朝井リョウ熱が自分のなかでふつふつと湧き上がっている。直近では正欲も桐島も読んだ。ところが前者は重すぎて胃もたれするし、後者は味付けが若干薄くて少し物足りない(これがデビュー作なのがとんでもないことだけど)。数冊読んだ時点で、今のところ本書が一番ちょうどいいと感じている。これからも小説の中でどんな曲者が現れて、それを読んで自分でも気づいていなかった自身の人間性がどのように暴かれるのか楽しみである。
それでは。