サラリーマンとして働いている人は一般的にその生涯で何回くらい異動をするものなのだろうか。拠点が固定されているため一度就職したらそこから全く動かない人もいる一方で、金融関係者のように短いスパンの移動は当たり前、という人もいるのだろう。ちなみに、それらの異動の中でポジティブなものはどのくらいあるのだろうか。皆進んで(喜んで)その人事を受け入れているのだろうか。あくまでこれは自分の感覚だが、自分で勝ち取った希望通りの異動というのはあまり多くはなく、ネガティブな理由で異動したり、こちらからの意思関係なしに理不尽に飛ばされている例の方が多いのではないかと思っている。
そんなドラマみたいな話、と思うかもしれないが、そんなドラマみたいなキャリア(というか理不尽な人事)を経験している人がいる。それが他でもない、本書の著者である山本氏だ。なかなかユニークなキャリアを歩んできている著者の内容は、これまで不本意な人事に遭遇してきたすべての人にぜひ読んでほしい。

本記事のサマリー
- 「人間万事塞翁が馬」がしっくりくるストーリー
- どれだけ仕組み化しようと、やっぱり人の意志は大事
- 「ワークライフバランス」ではなく「ワークライフハーモニー」
読んだ本
- タイトル:明治製菓カカオ事業部 逆境からの下剋上
- 著者:山本実之
感想云々
人間万事塞翁が馬
「人間万事塞翁が馬」とは「人生における幸不幸は予測できず、何が幸いして何が災いするか分からない」という意味の故事成語である。自分は本書を読んで、その故事成語がとてもしっくりくると思った。自分が本書を読んでとにかく尊敬したのは、著者の胆力である。ファーストキャリアとして明治製菓に入社した著者だが、経歴を追っていくと、当時は王道ルートとされていたキャリアからとにかく外されまくっている。入社後の20代では商社部門で原料の輸入販売をする部隊に飛ばされ、そこで安定してきたと思ったら30代で突然海外事業部に飛ばされる。さらに海外を転々とした後に営業企画管理部長を担当、そして40代では新規事業立ち上げのリーダーを任され…。何をもって「一般的」とするか怪しいが、著者の場合は一般的とは思えない、なかなかヤンキーな人事に巻き込まれていると言わざるを得ない。
そんなに会社に振り回されたら「なんだこの会社は!こんなところやめてやる!」という思いがふつふつと湧き上がってきそうだ。しかし著者は会社に対する「この野郎」という思いを、見事に仕事の原動力へと変えている。その結果、著者はいずれのキャリアにおいて素晴らしい業績をおさめている。とある研究・ケーススタディによると、成功している経営者の中には元々片親だったり、過去の恋愛経験や失恋を原動力にしている人が一定数いるそうだ。著者も同様に、逆境をはねのける力がビジネスの成功の秘訣であるということを示す良い例に思える。そして著者は当時のなあば理不尽な人事を受けるたびに難色を示していたものの、会社そのものは嫌いではなかったのだろうと思う。
最終的に人を動かすのは「人の想い」
直近で安藤広大氏の「とにかく仕組み化」という本を読んだ。安藤氏の著書と本書には共通して「仕組み」というフレーズが出てくる。しかし使っている言葉は同じでも、2つの書籍の内容は少し違ったものに思えた。前者の「とにかく仕組み化」というのは、組織を回していくにあたって属人性を徹底的に排除しよう、という内容である。理由はその組織のキーマンに頼ってばかりいると、そのキーマンが抜けた瞬間にすぐにガタガタになってしまうリスクがあるからだ(こういう組織、わりと多いのでは?)。そのため、たとえその次の日に組織の事情をまったく知らない人が来たとしてもちゃんと回るようにしておこうぜ、というのが「とにかく仕組み化」の考え方だ。
一方で本書の仕組み化というのは、ざっくりいうとチームメンバーの戦闘力を上げるための仕組みである。どのようなビジョンを持って、どのようにチームの一人ひとりのモチベーションを上げて、どのように経営者の意識を持たせて、どのように成長させるか。個々のメンバーの威力を最大限に引き上げる仕掛けが、著者の考える「仕組み化」なのだ。どのようなキャリアになっても、著者はこの仕組み化を徹底することで成功を収めることができた。
人の思いがかなり介入する仕組みのため、属人性をなくそうという少し機械的なスタンスの「とにかく仕組み化」と一見相容れない内容に思える。だがゼロヒャク思考でどちらが良い、と決めてしまうのは一番良くないのだろう。むしろ両方の内容をインプットした上で、巧みに使い分けられるようになりたいものだ。自分が所属している数々の組織でもとにかく前例にしたがって暗黙の了解で仕事・作業をしているところが多かった(マニュアルが存在しないのなんて日常茶飯事)。聞く人によって内容も違うし、それを最大公約数的にまとめようとすると、いい感じに明後日を向いたような内容になる。そんな時、「とにかく仕組み化」で語られているような内容を強烈に欲するのだ。一方で重要な意思決定を迫られるような場面では、普遍的な仕組みだけではどうにもならないことも出てくるだろう。しかしそこは本書の仕組み化によってバキバキに強化されたチームワークで解決したい。自分が本書から学んだことのひとつは「最終的に人を動かすのはその人の想い」ということだ。大半のプロセスは仕組み化で解決して、最後の意思決定の一押しはパッションを乗せる。そういうハイブリッドができれば理想的だ(ま、実際はそんな簡単にはいかないんだろうけど…)。
ワークライフバランスではなく、ワークライフハーモニー
本書ではジェフ・ベゾズ氏の受け受け売りのように書かれていた内容だが、とても良いフレーズだと思った。「ワークライフバランス」という言葉は1990年代以降に本格的に意識され始めたらしいが、今日もその言葉は根強く残る。自分も例に漏れず、なんの疑いもなくこの言葉を盲信していた。だが確かに言われてみると、両者はバランスという言葉で括ることはできないのかもしれないと思うようになった。今の自分の働き方がそうさせるのだろうが、自分は仕事と生活をスイッチのON/OFFのように完全に切り分けて考えていた。それは最初から「OJTで身につけたことは私生活であまり役に立たない」という思い込みがあったからだ(逆方向も然り)。しかし両者のいずれかを「悪」とみなしてしまう、その考え方自体が少々おかしかったようだ。両者を天秤にかけてどうバランスを取っていくかと考えるのではなく、それぞれをどう調和させていくのか。そう考えることで相乗効果が生まれるというのが筆者もといジェフ・ベゾズ氏の主張だ。
しかしこの考えは、成功者からしか聞けない言葉ではないのだろうか、とも思う。そう考えるのは、今まで自分がワークライフハーモニーという言葉に馴染みがなかったこともある。しかしこの言葉を使う人達は元々才能に溢れていて、両者を見事に調和させるだけのポテンシャルがあっただけなのではないだろうか?自分にとっては、この言葉を聞いて「『ワークライフバランス』ではなく『ワークライフハーモニー』なのか、じゃあ明日からそれに切り替えていこう」とはならないのが正直なところだ。「どうやってこのマインドセットをすることができるか」ということを考え始めると、おそらくドツボにはまってしまうのだろう。となれば、自分にとってこのモヤモヤを解消する第一歩は、仕事・プライベート問わず「いかに目の前のことを爆速で片付けるか」を考えて実行することなのだろうと思う。目の前のことを愚直にかつ迅速にこなすには、仕事でも私生活でも自己管理を徹底する必要がある。自己管理を徹底するには、己のスキルを総動員する必要がある(そのスキルを手に入れた経緯は関係なく、だ)。仕事も私生活も関係なしに同じ粒度で管理を徹底しながらこなすことで、やがて自然と両者の壁は取り去られていく。小さな成功体験を重ねるため、ついでに自己肯定感もあがって気持ちにも余裕が生まれていく。そのサイクルを回し続けて、ふとした時に振り返ってはじめて「あ、自分はワークライフハーモニーができていたな」と気づくことになるのだろう。こう考えることで、自分の中では幾分現実味が湧いてくるのだ。
終わりに
自分はまだ今までのキャリアで大きな異動を経験したのは1回だけである。だが、今後は筆者が経験したようなビックリ人事に巻き込まれないとも限らない。しかしどんなキャリアになったとしても、筆者のように一貫した考え方をぶらさずに持ち続けて、むしろ変化を楽しめるようになりたいものである。
それでは。

